体験談その3.オンライン英会話ならぬ、オンライン日本語教師

大学時代、日本語教育を専攻し、日本語教育能力検定試験に合格。
卒業後は近所の日本語学校に就職し、非常勤講師ながらも週6日出勤しあくせく働いていました。

日本語の授業は想像以上に準備が大変です。
授業プランを練るのなんて、初めてやった時は「何日かかるんだ…?」ってくらい難航したのを覚えています。
一度作ったらブラッシュアップしていくだけなので、その後はそこまで大変なことではありません。

3年間、非常勤として働いてからは常勤となり、給料は大幅に上がりました。
と言っても、他業種と比べると安い方。
非常勤の頃は月給20万円ほどだったのが、27万円になったくらいです。
当時はそれでも十分嬉しかったものです。

が、やはり収入はもっと欲しくなってきてしまうもの。
私が始めたのは、副業としてオンライン日本語教師でした。
幸い、会社は副業禁止ではなかったんです。

検索してみると結構求人があるもので、中には経験不問のものまで。
しかし、そういった求人は何となく不安があったので、日本語学校と同様レベルの応募条件のあるところを選びました。
履歴書はネット上でフォームに記入、面接もスカイプを通して行います。
そこで驚いたのは、面接官が何と外国の方。
実際に10分ほど授業をしてほしいと言われ、若干戸惑いましたが基礎中の基礎レベルの授業をしてみました。
元々日本語がかなり達者な方でしたが、緊張している中で難度の高い授業をしてミスをするのを防ぐためです。

結果はその場で採用が決定。
勤務ペースも最低限のところを守っていれば自分で決められるため、体力的にはとても楽なものでした。
ですが、生徒は毎回変わり、それぞれのレベルも様々。
最初のうちはなかなか大変でしたが、慣れてくるとそれが逆に楽しくなり、日本語教師としての臨機応変さも養われたように思います。

給料は多い時で月3万円ほど。
決して多くはないですが、それ以上に得るものがあると感じています。
また、教師として人気が出れば給料は随時アップしてもらえるそうなので、頑張りがいもありますね。
もし日本語教師としてもっと稼ぎたいと思った時は、オンライン日本語教師を副業にするのも考えてみても良いでしょう。

これから日本語教師を目指すなら、しっかりとした勉強は欠かせません。
学校に通うのも良し、独学も良し。
独学の場合、通信講座もおすすめです。
独学とは言えなくなってしまうかもしれませんが、いざわからないことがあった時に質問できると言うのは大きいと思います。
日本語教師を目指す通信講座は調べてみるといくつか見つかります。
「日本語教師 通信講座」などで検索してみて下さい。
個人的に参考になるかなと思ったのは↓のサイトです。
https://日本語教育能力検定試験通信講座.net/
一度見てみても良いと思います。

日本語教師、酸いも甘いもある職業ですが、色々な国の人との出会いは他の職業では味わえない刺激があります。
その刺激、楽しさに触れてしまったら、他の職業に就こうと言う気には私はなれなくなってしまいました。
これからも日本語教師を極めに極めて、日本一と呼ばれる領域を目指していきます。

体験談その2.タイの子供たちと接して感じた日本語教師のやりがい

私はタイの首都のバンコクで日本語教師として3年間働いていたことがあります。
現在は日本に帰国して、海外に関する教育関連の仕事に就いていますが、その期間は私の人生にとってかけがえのない人生経験になりました。

タイはこれから経済的に大きな飛躍が期待されるアジアの注目国であり、学生時代から不思議と気になる国でした。
気になったのは大学でタイの歴史を学んだことも影響していますが、日本とタイの古くからの関わりを知ったときそれまで以上の自然な親近感が生まれていきました。
その流れでタイ語を学習していくことになり、3年間の日本語教師に行き着いた経緯があります。

私が初めてタイに行ったのは学生時代であり、日本語教師になる前も3度の旅行をしていたので、タイの子供たちと初めて接するときも大きな違和感はありませんでした。
私が感じた日本語教師の最大のやりがいは純粋さです。

タイの子供たちは何かを学ぶことの楽しさを教えてくれますし、それは自然に心が求めている純粋なものであり、教育を求める気持ちは子供のときに受け付けられた概念と異なっているように感じられました。
現在の日本の子供たちからはあまり感じられないほどの純粋なもので、私が問いかけることに目を輝かせてくれて、何でも吸収しようと次から次へとに質問してくれました。
それは日本語を教えている授業中だけではなく、授業後も恐れずに次から次へと質問をしてくれます。
今から思えば私を忙しくしてくれましたが、楽しく充実した日々でした。

私や同僚の日本語教師の方々の給料はあまり高いものではありませんでしたが、私に教育の純粋な大切さをあらためて教えてくれました。
何かを学ぶことは国の違いで左右されませんし、子供たちだけではなく年代に問わず大切であり、生きることの支えになってくれるのだと教えてくれました。

私が日本語教師として学んだ3年間の中でも、クラスでもっとも身長の低かった女の子が印象に残ります。
その女の子は日本に留学して医者になって、タイで病院を建てて地域の人を幸せにしたいと私に言いました。
これほど明確な未来のビジョンを持って何かを学ぶことは、現在の日本の大人でも困難です。
女の子は日本語学校に来る前、友達の家で日本のアニメを見ながら自主的に読み書きをして学んでいたと話してくれて、さらに両親がそこまで努力して日本語を学びたいならきちんとした日本語学校で学んだほうが彼女のためになるのではと感じて、私の担当のクラスに通わせてくれたと伝えてくれました。
そのときは自然と涙が出ました。
これほど日本語を学びたいと行動する子供が、異国のタイいると私は考えていなかったからです。
私はその子を1年間にわたって担当しましたが、教師として学びたい子に教えることの幸せをかみ締めながら日本語を教えていました。
日本語教師として感じた働いたもっとも大きなやりがいは、子供たちとの出会いや純粋に何かを追い求めることに国の違いや年齢は関係ないということでした。

体験談その1.海外にて日本語を教える際の姿勢について

国際結婚して海外在住の、30代後半兼業主婦です。現在は全く別の仕事をしていますが、現地の若者にボランティアとして、日本語を教えた経験があります。

その当時、私自身現地語をかなり高いレベルで習得していると(大学の一般コース適用程度)自覚していたのですが、日本語を教える際に構造的なところで疑問を投げかけられ、明確かつ簡素な指導で切り返せない…という場面が多くありました。

例えば、簡単な文を作る段階で、多くの生徒がほぼ同じような接続詞の間違いをしています。「●語(現地語)での考え方はいったん脇に置いてみて。今は日本語ですから。」と再三注意を繰り返したのですが、どうしてもそれが直りません。

しまいには「だって●語はこうなんだし!」と強調しつつ抵抗(?)してくる生徒たちが出始めたので、これはまずいと思って文化面での話に戻ったのでした。

私が手伝った場所は、言語より日本文化の理解に集中させていた場だったので、さほどの明確な授業展開は期待されてはいませんでした。

若者たちが興味を持っていた分野に関しては、個人的に深い造形があったため喜ばれたので事なきを得ましたが、「やはりこれでお金を取るようなことは絶対にできない。本当に言語としての日本語を教えるのであれば、現地語もさらに研究して上達させなければいけないし、また日本における資格を取ることも必須だ。」と、強く感じたのです。

後年知ったように、現在は「まるごと」など、教える側にも丁寧な指導を盛り込んだ教材やメソッドが存在しています。私のように、外国の人々と接する機会の多い人間を身近な「日本語教師」となし、多くの人に日本語と日本文化を知ってもらおう…という試みについては特に異論はありません。

ただ、せっかく教える/教わる機会があっても、教師の現地語理解が浅ければ、生徒の頭の中で日本語と現地語との構造的なギャップは埋まりません。その場合、残念ながらも納得のいかない状態で終わってしまうのでは…?という懸念をも感じました。

つまり、教師側は日本語を教えるための訓練をするのに併せ、現地語への造詣もたゆまなく深めていかなければいけない…と感じたのです。

私の友人は、東京の日本語学校で働いており、長いベテラン教師生活の中で「生徒たちの言葉を何カ国か使えるようになってしまった」と朗らかに笑っていました。

日本で生活しながら日本語を勉強する生徒たちなのですから、特に彼が彼らの母語をマスターする必要はありません。ですが授業での相互理解をめざした結果、彼は自然と他言語を習得する形となったのです。この話を聞いた時、薄給だ~と冗談めかしてぼやく彼に、私は真の「言語教師」の姿を見た思いがしました。