体験談その2.タイの子供たちと接して感じた日本語教師のやりがい

私はタイの首都のバンコクで日本語教師として3年間働いていたことがあります。
現在は日本に帰国して、海外に関する教育関連の仕事に就いていますが、その期間は私の人生にとってかけがえのない人生経験になりました。

タイはこれから経済的に大きな飛躍が期待されるアジアの注目国であり、学生時代から不思議と気になる国でした。
気になったのは大学でタイの歴史を学んだことも影響していますが、日本とタイの古くからの関わりを知ったときそれまで以上の自然な親近感が生まれていきました。
その流れでタイ語を学習していくことになり、3年間の日本語教師に行き着いた経緯があります。

私が初めてタイに行ったのは学生時代であり、日本語教師になる前も3度の旅行をしていたので、タイの子供たちと初めて接するときも大きな違和感はありませんでした。
私が感じた日本語教師の最大のやりがいは純粋さです。

タイの子供たちは何かを学ぶことの楽しさを教えてくれますし、それは自然に心が求めている純粋なものであり、教育を求める気持ちは子供のときに受け付けられた概念と異なっているように感じられました。
現在の日本の子供たちからはあまり感じられないほどの純粋なもので、私が問いかけることに目を輝かせてくれて、何でも吸収しようと次から次へとに質問してくれました。
それは日本語を教えている授業中だけではなく、授業後も恐れずに次から次へと質問をしてくれます。
今から思えば私を忙しくしてくれましたが、楽しく充実した日々でした。

私や同僚の日本語教師の方々の給料はあまり高いものではありませんでしたが、私に教育の純粋な大切さをあらためて教えてくれました。
何かを学ぶことは国の違いで左右されませんし、子供たちだけではなく年代に問わず大切であり、生きることの支えになってくれるのだと教えてくれました。

私が日本語教師として学んだ3年間の中でも、クラスでもっとも身長の低かった女の子が印象に残ります。
その女の子は日本に留学して医者になって、タイで病院を建てて地域の人を幸せにしたいと私に言いました。
これほど明確な未来のビジョンを持って何かを学ぶことは、現在の日本の大人でも困難です。
女の子は日本語学校に来る前、友達の家で日本のアニメを見ながら自主的に読み書きをして学んでいたと話してくれて、さらに両親がそこまで努力して日本語を学びたいならきちんとした日本語学校で学んだほうが彼女のためになるのではと感じて、私の担当のクラスに通わせてくれたと伝えてくれました。
そのときは自然と涙が出ました。
これほど日本語を学びたいと行動する子供が、異国のタイいると私は考えていなかったからです。
私はその子を1年間にわたって担当しましたが、教師として学びたい子に教えることの幸せをかみ締めながら日本語を教えていました。
日本語教師として感じた働いたもっとも大きなやりがいは、子供たちとの出会いや純粋に何かを追い求めることに国の違いや年齢は関係ないということでした。

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